(E-mailでの配信を受けて、「死刑に異議あり!」キャンペーン推進会議の責任で転載します。)
死刑執行に対する抗議声明
2009年7月28日 「死刑を止めよう」宗教者ネットワーク
法務大臣 森 英介 殿
「死刑を止めよう」宗教者ネットワークは、本日、わが国において死刑が執行され、3名の命が奪われたことに対し強く抗議します。
私たち「死刑を止めよう」宗教者ネットワークは、本日、山地悠紀夫さん(25歳・大阪拘置所)・前上博さん40歳・大阪拘置所)、陳徳通さん(41歳、東京拘置所)に死刑が執行されたことに対し強く抗議します。2007年の12月以降、わずか1年8ヵ月の間にあわせて25名もの死刑が執行されました。死刑執行を定期化させている政府・法務省の姿勢は、死刑執行が当たり前のことであるとする意図を感じます。裁判員制度が導入されたいま、市民が死刑判決の増加に加担させられる事態になりかねないことを、深く憂慮します。私たちは、人の命がこのように政治的に扱われることに深い悲しみと強い怒りを覚え、死刑執行の即時停止を強く要請いたします。
昨年10月、国際人権(自由権規約)委員会は日本に「世論調査の結果にかかわらず、死刑の廃止を前向きに検討し、必要に応じて、国民に対し死刑廃止が望ましいことを知らせるべきである」という所見を提出しました。これに対して現法務大臣は、「国民感情とか犯罪情勢、あるいは、刑事政策のあり方などを踏まえて、独自に決定すべき」であるという矛盾した意見を述べています。大臣は他方で死刑執行を続けることについて「法の定めに従って粛々と実施する」と言いながら、実は法律によるよりも、むしろ人間の感情や政治的思惑によって続けられるべきだとする意見を露呈したものです。「国民のほとんどが死刑の執行を支持している」という「国民感情」の中身は、私たち人間の中にある恨みや報復、制裁という暴力を正当化する心です。そこでは奪われた被害者の命に対する悲しみや慈しみの心は置き去りにされています。
人には誰しも加害者と被害者の側面があります。絶対に正しい人などいないように、生まれつき心底からの悪人もいません。人をよい方向に導くのも、悪に誘うのも、人とのかかわりあいです。しかし、現代社会は、弱い者を切り捨て強い者だけが生き残る社会、自分を攻撃する者に暴力をふるうことが正義とされる社会です。このような社会のあり方を私たち自らが変えないかぎり、暴力の連鎖は終わることなく、犯罪の悲劇は続くことでしょう。私たちは一人ひとりの命の尊厳を大切にし、人と人との関係を変えていくことで、犯罪抑止への道を歩みたいと思います。死刑の執行停止はその第一歩なのです。
私たちは宗教者の立場から、力ではなく悲しみと慈しみによって罪を克服し、どんな人の命も尊重される社会の実現を目指して、死刑執行の即時停止と死刑制度の廃止を訴えつづけます。